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大阪高等裁判所 昭和61年(う)480号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人らはいずれも無罪。

理由

(各控訴の趣意と答弁)

本件各控訴の趣意は、弁護人佐伯千仭、同中北龍太郎、同平尾孔孝、同藤田正隆、同近森土雄、同黒田建一、同能瀬敏文連名作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官篠原一幸作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

(論旨の概要)

論旨は要するに、原判決は、被告人らの原判示・貝塚市民福祉センター(以下、「福祉センター」あるいは「センター」という。)敷地内への立入り行為を建造物侵入罪に問擬しているが、① そもそも本件福祉センターは、公開性・開放性の極めて高い公共施設であり、同センターの管理権者は同所への立入りに対し、もともと広汎な包括的承諾・容認の意思を有していたものと解すべきであるうえ、② 原判示の自主管理体制の設置経過、目的及び本件当日の配置職員の行動・任務・意思等を、その実態に即して検討すれば、本件センターの管理権者において、被告人ら集団の立入りを拒絶していたとは認められず、③ 更に、被告人らは民主主義国家で重要な基本的人権の一つである請願権行使の一方法として、抗議文交付の目的に基づき右敷地内へ立入ったのに過ぎず、そこには何ら違法な目的がなかったものであり、④ その立入りの態様においても、およそ刑法一三〇条前段該当の罪の成立に必要な「平穏侵害」の程度に達していなかったことが明白であって、これら本件建造物の性質、使用目的、管理状況、管理権者の態度及び立入りの目的・態様等を総合すると、本件立入り行為を管理権者が容認していなかったと合理的に判断し得る事案では全くあり得ず、したがって、被告人らの所為は、同条前段の構成要件に該当せず、実質的な違法性、可罰的違法性等もなく、ましてや、諸般の状況に徴し、被告人らに建造物侵入の犯意のなかったことが明らかであるのにかかわらず、本件福祉センターにおける管理権者の包括的承諾・容認の範囲を極端に狭く限定的にとらえたばかりでなく、いわゆる自主管理体制の実態や、本件当日のセンター側職員の対応状況等の認定判断を誤って、管理権者の立入り拒絶の意思を安易に肯定し、被告人らの立入り目的に関しても、正当な請願権の行使である事実を適確に理解せず、合理的な根拠を明らかにしないままことさら曖昧な「集団示威の目的」という言葉を用いて立入り目的の違法性を認め、立入りの態様についても刑法上の平穏侵害の有無に関する評価を誤ったすえ、被告人らを建造物侵入罪に問擬した原判決は、法令の解釈・適用及び事実の認定を誤ったものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れない、というのである。

(当裁判所の判断)

そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討したうえ、以下のとおり判断する。

第一本件事案の概要

論旨に対する具体的な判断に先立ち、当裁判所においても首肯し得る原判決認定事実に、その他関係証拠に照らして肯認できる事実関係を補足し、本件事案の概要を摘記すると、次のとおりである。

一  被告人ら三名はいずれも、「泉州沖に空港をつくらせない住民連絡会」(以下、「住民連絡会」という。)に所属し、被告人Xは同会の事務局長、被告人Y及び同Zはそれぞれ同会の会員として、関西国際空港(以下、「新空港」ともいう。)の泉州沖建設に反対する立場から、同会会員である地元住民らとともに、運輸省・大阪府などの関係行政機関に対するさまざまな方法での抗議活動を含め、種々の建設反対運動に関与してきたものである。

二  一方、本件当時新空港建設の着工準備関連事業を担当していた運輸省第三港湾建設局(以下、「三港建」という。)では、大阪府貝塚市港二一番地に、関西国際空港計画室着工準備第二課現地事務所(以下、「現地事務所」という。)を設置し、昭和五八年四月二一日(以下、特に必要がない限り、「昭和五八年」を省略する。)午前一一時ごろから同所でその開所式を挙げるとともに、同日の正午ごろから、同市畠中一丁目一〇番一号所在の福祉センターの四階会議室において、現地事務所の開所を祝って開設披露会(以下、「披露会」という。)を開催する運びとなったが、右披露会には、運輸省、大阪府の関係者及び招待客ら合計二〇〇名程度の出席が予定されていた。

三  本件福祉センターは貝塚市民の福祉に関する諸事業の用に供することを目的として設置されたものであるが、一階には福祉事務所が、二階には身体障害者福祉センターが、三階には老人福祉センターがそれぞれ置かれているほか、一、三、四の各階には、市長の許可を受けた者が利用できる会議室等が設けられている。本件福祉センターの平常の一般利用者の人数は、一日に平均しておおむね二〇〇人前後であり、本件当日は前示披露会関係者のため、同センターの一階会議室、四階の大中小の各会議室及び和室につき、午前九時から午後三時までの使用許可(貝塚市長による正式の許可は、本件の前日、三港建関西国際空港計画室宛になされている。)が出されていた。そして、被告人らが本件福祉センター敷地に立入ったころには、右披露会の準備作業が行われていた。

四  貝塚市民福祉センター条例によると、福祉センターの管理権者は貝塚市長とされているが、同条例の施行規則及び同市事務決裁規程等に基づいて、同センターの施設利用に関する事項は同センター館長(本件当時A)がその意思決定を行うこととなっており、市長から管理権を委任されていた。もっとも、本件披露会当日は、後に説明する「貝塚市民福祉センター自主管理体制実施要領」によって、福祉センター館長の上司に相当する貝塚市福祉事務所長(本件当時B)が同センターの施設管理に当たることとされていた。したがって、本件当日における同センターの管理権者は右B所長(以下、官職名はすべて本件当時のそれを示す。)であり、同センターの敷地・建物はB所長の看守下にあった。

五  三港建では、本件披露会会場として福祉センターの会議室を使用することとし、三月末ごろ同センターあてその意向を伝え、許可を得られるよう打診していたが、これを受けて、センター側においては四月初めごろ使用許可を内定するとともに、同月一〇日ごろB所長、A館長のほか、福祉事務所の各課課長らが会合したうえ、一応の対応策を協議した。更に、同月の一八日ごろには、B所長、A館長、福祉事務所各課課長らに加え、新空港建設問題に関して貝塚市の窓口的役割を担当している同市役所都市政策室、三港建及び警察の各関係者らが寄り合ったうえ、ある程度具体的な打ち合わせを行ったが、その際、センター側でも自主的な管理態勢をとることとなり、A館長において前示実施要領を作成し、B所長の了解を得、本件当日の朝市長の決裁を経由していた。

六  本件実施要領によると、本件当日は「福祉センター自主管理本部」を設け、部長にはB福祉事務所長を、副部長にはA館長及び前示都市政策室のD理事を充て、部員としてセンター職員らを配置することとなった。こうした経過のすえ、本件の前日には、B所長、A館長及びC(当時福祉事務所児童課長)の三名がセンター内で宿泊し、本件当日の午前九時三〇分ごろ、A館長において、配置につく管理本部員を集めて、注意事項に関する指示を行い、つづいて、B所長、A館長、D理事の三名はセンター一階・エレベーター前のロビーで待機し、その他の部員は同市市章入りの紺色制服を着用し、建物正面玄関外側に右Cほか一名が、正面出入口西側に貝塚市社会福祉協議会事務局長・Eが、同正面出入口東側に前示都市政策室参事・Fがそれぞれ配置につき、名車両出入口に各二名、西側南寄りの歩行者用出入口に二名、東側車両乗降場に一名、建物北玄関に二名がそれぞれの配置についた。

七  これに対して、被告人Xは、関西国際空港の建設に反対し、現地事務所の開設に抗議する趣旨の、運輸大臣宛及び大阪府知事宛の抗議文二通を予め準備し、同日の午前一〇時ごろから、被告人Y、同Zを含む住民連絡会の会員ら約一〇〇名とともに、現地事務所付近所在の貝塚港湾労働者福祉センター駐車場入口前に集合して集団示威行進(以下、「デモ行進」ともいう。)を行い、同一一時一〇分ごろ、福祉センターと道路を隔てた、その北西側の大阪府立貝塚高校北東角付近路上で解散した(なお、右集団示威行進については、四月二〇日、被告人Y及び部落開放同盟大阪府連合会下瓦屋支部、副支部長兼事務局長Oの両名が貝塚警察署長宛に許可申請を行い、本件当日午前七時四〇分ごろ許可書が交付されている。)。そして、右デモ行進解散の際、被告人Xは、これに参加していた者らに対し、「本日開始されようとしている開所式へ出席する運輸省とそして大阪府へ抗議文を全体で手渡しに行きたいと思います。」と呼びかけ、その後、被告人ら三名を含む約六〇名は、被告人Xを先頭として福祉センターに向けて移動し、隊列は組んでいないものの、同一の目的を有する者らの集合体であることが外部的に認識可能な程度の帯状の集団となって正面出入口に至り、その先頭部分では、若干の凹凸はあるが、五、六名が並進し、被告人Xがその最先頭に、同Y、同Zはそのすぐ後方、ないしこれに近い場所に位置しながら、デモ行進解散後正面出入口前まで移動してきた際の速度・間隔のまま、特に停止するような気配を見せないで、午前一一時一五分ごろ、右出入口から被告人Xが先頭に立って順次福祉センター敷地内に立入り、右先頭がセンター建物の正面玄関前庇南端下から少し庇下にはいった地点で正面玄関から出てきたB所長及びA館長と対面する辺りまで進行し、同所で自発的に停止し、これにつづく者らも、先頭部分の停止にともない順次前後の間隔を詰めたうえおおむね密集した状態で停止した。これら約六〇名中、約半数の者は、新空港建設に反対する旨の文言が書かれたゼッケンを着用し、これらよりやや少数の者は同様の鉢巻をしめ、そのほかに帽子を被っている者、マスクで顔を覆っている者、旗竿に巻きつけて畳んだ旗を持っている者などもおり、被告人Xはゼッケンを、被告人Yと同Zはそれぞれゼッケンと鉢巻を着用していた。

八  前示のような経緯で被告人ら集団と対峙する形となったB所長及びA館長は、被告人Xらに対して、市民の迷惑になるから出て行ってほしい旨要請したが、同被告人において、B所長に対し、所携の抗議文を運輸省・大阪府の関係者に手渡してもらいたい旨の要望を繰り返し、一時はB所長も、そうした文書を受け取る資格がないなどと述べていたものの、最終的には同文書の受渡しに関して三港建関係者と連絡をとることを承諾し、同被告人らもその結果を待つこととなった。そのころ、かなりの数の機動隊員が被告人ら集団の前面及び左右に立ち並び、いわゆる「コの字固め」の態勢を布き、一方、被告人ら集団のほぼ全員は、被告人Xの指示によってその場に座り込み、B所長の手配で、被告人らの期待どおり抗議文の授受が行われるのを見届けるまで待機することとした。そのうち、被告人Xは、座り込んでいる集団員らに、事態の推移を知らせる意味も含め、携帯用拡声器を用いて約一分四〇秒間にわたって演説を行い、その最終の部分で、「福祉会館の会長はいま私に約束したように運輸省と大阪府に取次ぎなさい。」「直ちに取次ぎなさい。」、「私達はあなたが今私にした約束をいまここで待っている。」など、B所長が早急に本件抗議文を運輸省等の関係者に取次ぐよう要請する発言を繰り返した。そのうち、三港建の人事課長・Gが抗議文受領の件で被告人Xらと折衝するために姿を現し、同被告人及び前示Oが機動隊員の囲みの外に出て、Gとの間で抗議文手渡しの交渉をしていたところ、A館長において、「立入を禁じます。敷地外へ退去して下さい。」と黒色の筆で大きく書かれた退去要請の掲示文を掲出し、その直後ごろ機動隊員による強制排除が開始され、間もなく、Gに抗議文を受け取ってもらった被告人Xらを除くほぼ全員が福祉センター敷地外へ排除されたが、その際、被告人Y、同Zの両名を含む計六名が現行犯人として逮捕され、被告人Xは五月一五日同被告人方で通常逮捕された。

第二本件当時における福祉センター管理権者の意思・態度等について

一  本件福祉センターの公開性・開放性に関する所論について

所論は、本件福祉センターが公開性・開放性の極めて強い公共施設であること等にかんがみると、同所への立入りについては、原則として管理権者の広汎な容認が存し、一般市民に対する包括的な承諾・容認の範囲はすこぶる広いと解すべきであるから、その例外を是認するに当たっては特段に慎重でなければならないのにかかわらず、この点について十分な考慮を加えないで、安易に管理権者らの立入り拒絶の意思を是認した原判決には、被告人らの本件所為に対する法的評価の前提となる事実を誤認した非違がある、と主張する。

そこで検討するのに、関係証拠に照らすと、本件福祉センターは、通常の公共施設の中でもとりわけ広範囲に一般市民に公開・開放された施設であって、同センター内の福祉事務所等に用件のある市民、その他諸般の利用者は、特段の制約を受けることなく自由に正面出入口などから出入りし、同センター建物内の会議室の使用許可の申請に対しても定員制限等の枠を超えない限りは、比較的広汎に許可するという措置が定着していたと窺われる。しかしながら、原判決は、かかる公共性・公開性にもかかわらず、その立入りの目的・態様などからみて、福祉センターの設置目的に沿わず、あるいは、同目的に即してセンターを利用する者に障害を与える虞があると合理的に判断される場合には、管理権者による立入り拒絶の処置が肯定される、としているのであって、同センターの有する前示のような特殊性を十分考慮したうえで、なお、立入り拒否等の措置を是認し得る場合があるとしているのであるが、右のような原判決の認定判断は(立入りの目的・態様などに関する認定の当否はしばらくおくとして)、庁舎施設の管理権の本質・貝塚市民福祉センター条例(特に、使用許可の制限に関する五条)、同施行規則(特に、入館等の拒否に関する六条)の諸規定のほか、証拠上肯認し得る同センターの利用実態、設置目的等に徴し、正当なものと認められ、この点において、原判決の認定判断に所論のような誤りがあるとは認められない。

二  本件当時における福祉センターの管理状況等に関する所論について

所論は、本件当時福祉センターが自主的な管理態勢整備の一環として設置・実施した自主管理体制は、もっぱら、披露会当日多数の出席者が同センターに来館するところから、一般利用者を適切に誘導したり、披露会出席者の案内を円滑に行うことを目的として設けられたものであって、同管理体制の設置目的の中にいわゆる集団対策は包含されていなかったと認めるのが相当であり、このことは、同管理体制設置に至るまでの一連の打ち合わせ等の経過、具体的な職員配置の状況等に加え、本件当日、同センターの責任者らが職員に対し集団対策を前提とした指示を与えたと窺われる事跡のないこと、当日配置についた職員らが被告人ら集団の立入り行為につき制止意思を有すると認め得る言動に全く出ていないこと、更には現場に居合わせた警察官らが被告人らの立入り行為自体を建造物侵入事犯と認識していなかったと見られる状況などに徴しても明白であるが、それにもかかわらず、自主管理体制の設置目的、本件当日の職員らの対応状況等を適確に把握せず、福祉センター管理権者側が被告人らの敷地内立入りを拒否する意思をもって、これに沿う対応に出たものであると認定判示している原判決には、福祉センターの管理状況等本件立入り行為の刑法上の構成要件該当性を判断する前提事実を誤認した非違があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであると主張する。そこで、以下、所論に沿って順次検討を加えることとする。

1 いわゆる自主管理体制の設置経過、目的及び実施状況等について

本件自主管理体制が設置されるに至った経過・事情のあらましは、前示・本件事案の概要の部分で説示したとおりであるが、原審で取調べられた関係証拠に照らすと、福祉センター側では、三港建から本件披露会の会場として同センター会議室使用方についての打診を受け、これを認める旨内部の方針を決めたのち、まず、四月一〇日ごろB所長ら福祉事務所の管理職職員などの間で暫定的な対応策を協議しているものの、そのころの時点では、そもそも三港建自体が具体的にいかなる会合を計画・予定しているのか、その細目に及んでまで十分な連絡を受けていたわけではなく、また、デモ隊対策(以下、「集団対策」ともいう。)という点でも、貝塚市役所都市政策室を通じて、披露会当日には、新空港の建設反対等を訴えるデモ集団がセンター付近を通るらしいとの、ごく大まかな警察情報を間接に入手してはいたが、その規模等の詳細に関する情報までは得るに至っていなかったため、集団対策といえるような事柄はごく抽象的な形で話題に出ただけで、事前協議と呼ぶのにふさわしい話合いは殆どなされなかったことが窺われる。

次いで、四月一八日ごろになされた打ち合わせの際、センター側において自主的な管理態勢をとることが決められ、これを受けて本件自主管理体制の設置が本決まりとなったものであるが、B所長、A館長らの原審公判廷における証言(以下、「B証言」「A証言」などと略記する。他の証人の場合も同様とする。)等によれば、右打ち合わせの席には、福祉事務所関係の管理職のほか、警察、三港建、都市政策室の各関係者らも出ており、問題の披露会を約三日後に控えていた事情もあって、かなり広範囲な事項に関しそれなりに突っ込んだ協議のなされたこと、しかしながら、センター側では一般市民が平常どおり円滑に施設内に出入りできるよう対応し得ることに最も関心を示し、一方、三港建側は披露会出席者を適切に会場へ案内することに強い関心を表したほか、約二〇〇名もの出席者が来館するとなれば、自動車の駐車場所の確保にも相応の対策が必要であるから、この点も重要な協議の対象となったこと、更に、当日は新空港建設反対派住民らのデモ隊がセンターに押し寄せるなどして混乱を惹き起こすのではないかという危惧を念頭に置いたうえでの対策もまた話合いのテーマとなり、一部小人数の者が敷地内でビラを撒くとか、建物のガラス窓に投石したり、建物内四階から横断幕を垂れ下ろすなどの行動に及ぶ懸念があるなどという話題も出たこと、そこで、これら諸般の情況を総合して、センター側において自主的な管理態勢を整備する必要のあることなどが話合われ、これに基づいて、A館長が本件自主管理体制の基礎となる実施要領を作成する運びとなったことなどの諸事実を認めることができ、してみると、本件自主管理体制の設置目的は、「身体障害者や老人等の一般利用者の施設利用に支障の出ないよう、これらを適切に誘導することに主眼を置くものであったことが明らかである。」としながらも、それ以外に、右設置目的の中には、「一般利用者の施設利用の円滑を図ることの当然の前提として、福祉センターの本来の設置・利用目的にそぐわないと管理権者において判断する者らについては、その敷地内への立入りを拒絶することも包含されて」いたと判示する原判決の認定判断が合理性に欠けるとは認められない。

なお、所論は、現実に本件披露会当日にとられた自主管理体制の実態からみても、集団対策という視点が窺われないと主張し、特に正面出入口付近にE、Fの二名しか配置されていなかった事実がこのことを端的に示唆している、というのである。そこで、検討するのに、正面出入口部分の職員配置状況は所論のとおりであって、もし本件自主管理体制が集団対策をも考慮にいれるものであったとすれば、同所の配置人員がやや少な過ぎるのではないかとの疑念を禁じ得ないが、関係証拠によれば、少なくとも福祉センター側では一般利用者の誘導に遺漏なきを期するとともに、披露会出席者の案内に関して三港建関係者を補助するよう努める方針であったこと、そして、正面出入口付近に配置された職員においては、敷地内に立入ろうとする者に対し、必要と認めた場合には、来館の用件を確認して随時管理本部に連絡のうえ、その判断をあおぐなどの段取りが予定されていたこと、福祉センターにおいては、披露会当日も平常どおりの業務を遂行していたのであるから、自主管理体制の施行にともない本来の業務を離れる配置人員をやりくりするについて相応の限界があったこと、管理本部の三役であるB所長、A館長、D理事らはいずれもセンター一階のエレベーター前ロビーに待機し、不測の事態が起こった際適切な指示を与えるのに好都合な態勢をとっていたこと等の諸状況が認められ、これらの事実に照らせば、全体的にはそれなりに合理的な配置態勢を布いていたといい得るのであって、所論指摘の事情から直ちに本件自主管理体制の目的の中に集団対策が織り込まれていなかったと解するのは早計に失すると思料され、この点に関する所論は採用できない。

2 本件当日における管理権者側の対応状況等について

(一) Fの対応状況等

所論は、Fは被告人ら集団の敷地内立入りを制止する意思を全く持ち合わせておらず、制止意思を窺わせる何らの言動にも出ていないのにかかわらず、同人にその意思があったことを前提としたうえ、制止の言動をとるゆとりさえなかったので制止行為に及んではいないが、被告人ら集団が敷地内に立入ったのち、指示をあおぐため、B所長らのもとへ連絡に赴いた旨認定判示する原判決には、事実の誤認があると主張する。

そこで、検討するのに、原審で取調べられた関係証拠に徴すると、Fは、本件当日、予めA館長の指示説明を受けて正面出入口東側で配置についたものであるが、同人は、福祉センターを訪れる一般利用者を適切に誘導すること、披露会出席者の案内を手助けすることなどの任務に関しては、相応の自覚をもっていたものの、被告人ら集団に対する応対については、自己の果たすべき任務に関しどの程度明確な認識をもっていたか必ずしも明らかとはいえないこと、現に被告人らの一団が福祉センターに向けて進んでくるのを目撃しながら、例えば自主管理本部に連絡するとか、F同様正面出入口に配置されているEと対応策を話合うなど特段の処置をとろうともせず、右一団が正面出入口に接近した際にも、同人らに対してその用件を確認するとか、敷地内に立入ってもらっては困るという趣旨の言葉をかけるなど立入り制止の意思を窺わせる具体的な言動に及んでいないことが認められ、F自身は、押し寄せてきた被告人ら一団の者に圧倒されたすえ制止のための行動をとり得なかったかのように証言しているものの、他の証拠関係と照合すると、被告人らの一団がFに制止行為に及ぶゆとりさえ与えないほどの勢威を示したという点をも含め、右Fの証言をその言葉どおりに措信し得るか否か疑わしく、少なくとも同人の配置場所における対応状況をみる限り、制止意思を有していたと肯認することは困難である。更に、Fは、被告人ら集団の立入りを制止する言動に出られなかったものの、B所長ら管理本部の責任者のもとへ連絡に赴きその指示をあおごうとしたかのごとく証言しているが、かかる措置に出た時期・方法・相手方等具体的な状況を裏付けるに足りる明確な証拠がなく、右F証言は全体として信用性に乏しいものといわざるを得ない。してみると、Fの対応状況に関し、「Fは、被告人ら集団に対し、制止の言動を取るゆとりさえなく、しかして制止の行動はしていないものの、指示を仰ぐべく、‥‥Bらの許に『デモ隊が入って来た。』旨言って連絡に赴いた。」旨判示する原判決の認定はにわかに是認しがたく、この点で事実の誤認が存するというべきである。

(二) Eの対応状況等

所論は、Eの対応状況に関して、同人は、本件当日の自己の任務について明確な認識をもたないまま、単に配置場所で被告人ら集団の敷地内立入りを傍観していたに過ぎず、その立入りを制止しようとした旨供述するE証言は信用性に乏しいのにかかわらず、基本的には同人の証言を措信できると判断したうえ、同人が何らかの制止行為に出た事実は認められるが、その動作が一瞬の間の、それも不明瞭なものであって、その言葉も確実に相手方に認識可能なまでに十分な大きさの声で発せられたものでなく、いずれも被告人ら集団の認識するに至らなかった疑いが濃い、と認定判示している原判決には、Eの証言等を安易に信用し同人の制止行為の存在を肯定した点で事実を誤認した非違がある、と主張する。

そこで、検討するのに、E証言及び原審で取調べられたその他の関係証拠に照らすと、Eは、本件当日自主管理本部責任者の指示によって、正面出入口西側で配置についていたものであるが、自己の任務として、福祉センターに来館する一般利用者に対し適切な誘導を行うとともに、デモ隊がセンター敷地内に立入ろうとするような事態が起こった際には、同人らの用件を確かめるなど適宜な措置を講じる等の務めを果たすべきことをそれなりに認識・自覚していたこと、被告人ら集団が正面出入口から敷地内に立入ってきたころ、集団の先頭部分に向け、「ちょっと待って下さい。どういうご用件ですか。」と声をかけ、手を胸の前に突き出すなどしたこと、それにもかかわらず、集団は停止することなく前進をつづけたので、先頭部分のうしろから再び前同様声をかけたこと、もっとも、E自身、被告人らの一団がEの言動に気付いてくれたかどうかはっきりとした認識をもっておらず、当時は未経験の出来事に直面したところから狼狽し、必ずしも冷静な処置をとり得たかどうか疑わしいこと、被告人ら集団の側においてもEの言動を認知したと窺えるような反応をみせた事跡がないこと等の諸状況を認めることができる。しかしながら、原判決が説示しているとおり、Eの言動を認識しやすい立場にあったと思われる前示Fにおいて、Eの制止行為について具体的な記憶を保持しておらず、この点に関し曖昧な証言をしているにとどまること、場所的・時間的な状況に照らし、Eの動きを認めやすい筈であったと考えられるCが、Eの言動を認識していないばかりか、同人の姿すら目撃しなかった旨証言していること等諸般の情況に照らせば、Eが自ら行ったという立入り制止の言動は被告人らの一団によって認識されるに至らなかったと認めるのが相当であって、Eが同人の証言どおりの行動をとったことを現認したとするH(大阪府警察本部警備第一課所属の警察官)の証言は、前示諸事情に徴し、信用しがたいというべきである。してみると、Eが何らかの制止行為に出たことは認められるが、被告人ら集団において右Eの言動を認識するまでには至らなかった旨判示する原判決の認定判断は相当であり、同人の制止行為の存在を全面的に否定する所論は採用できない。

(三) Cの対応状況等

所論は、Cの対応状況に関し、同人が被告人ら集団に対して、敷地内への立入りを制止するような言動に及んだ事実はなく、むしろ証拠上窺われる同人の態度は、被告人らの敷地内立入りを是認するという前提に立っていたとすら解釈できるのにかかわらず、Cの証言中信用性に欠ける部分を軽々に採用し、同人が被告人ら集団の正面に立ち、両腕を上げるなどするとともに、右集団の退去を要求する言動に出た旨認定判示している原判決には、事実の誤認があると主張する。

よって、この点について検討するのに、Cは、本件当日、福祉センター建物の正面玄関前庇の西端の下南端付近で配置についていたものであるところ、同人は、その証言において、被告人ら集団がセンターの敷地内にはいってきたのを認めた際、正面出入口で配置についているEやFが何ら被告人らを制止しなかったと判断したので、集団の先頭の方に向かって行き、正面出入口西側の植込みの北端辺りで、集団の正面に立ち、両腕を広げ肩の高さぐらいまで上げたうえ、大声で「止まってくれ。ここに入ったらいかんで。」といったのに対し、集団側の者から、「何で入ったらあかんのや。」といい返され、「市民が使うもんや。」と応答すると、「わしらも貝塚市民やないかい。」と切り返されるなどのやり取りがあり、そのうち集団はなおも前進してきたので約四、五メートル後退し、そこで、やっと集団が停止した。その後、責任者を呼んでほしいとの要求があったので、B所長をその場に呼び寄せたところ、被告人らは同所長に抗議文を手渡したいとの用件を告げていた旨供述している。

ところで、Cがもし真実右証言どおり制止ないし退去要求等の言動に出ていたとするならば、同人の動作は比較的人目をひきやすいものであったと考えられるし、同人及び集団側の各発言も、その近くにいる者がわりあい容易に気付くものであったと思われるのにかかわらず、たまたまそのころ、正面玄関から外に出て、庇の南端下北寄りの付近にきていたBが、同人の横にCがいることには気付きながらも、Cの証言するような状況を明確に記憶していない旨供述していること、また、被告人ら集団の先頭部分が庇の下辺りに接近したころ、そのすぐ近くにいたと証言するEもCの発言・動作等に気付かなかった旨供述しているばかりか、更に進んで、かなり明確に、Cが被告人らを制止しようとしている場面を見ていなかったと窺わせる趣旨の供述をしていること、当時録音等の採証活動に従事していた警察官・IもCの言動を認知しやすい位置にいたと認められるのに、Cの供述するような言動を見聞していないと解される証言をしていること、右Iが録取した録音テープの再生結果によると、Cが被告人らの要求にしたがい責任者を呼んだ際の音声は聴取可能であるが、前示制止発言及び集団員らとのやりとりの状況は聴取不能であることなど一連の証拠関係に照らせば、C証言の信ぴょう性には看過しがたい疑問があるといわなければならない。

原判決は、Bが同人の横にCがいるのに気付いたという時点には、ちょうど被告人ら集団の先頭部分がBからみて手が届くぐらいの至近距離に迫っていたころであるから、時間的にみてCの制止行為が終了した段階に相当し、したがって、Cの証言するような状況を見聞しなかったとしても異とするに足りないかのごとく説示するが、仮に右説示を是認したとしても、時間的な経緯に照らし、Bが正面玄関から庇の南端下北寄りの付近へくるまでの間に、Cの制止状況を目撃し得る機会が十分あったと思われるのにかかわらず、その過程でも同人の制止行為を現認していないのは理解に苦しむところである。この点について、原判決は、「Bは、突発的な集団の立入りを知って相当動転していたものと認められるので、同人が、建物内から(前記)地点まで移動しながら、その間の事態の認識を十分なし得ていたかにつき疑問のあることなどに照らせば、BがCの制止の言動に気付かず、これを記憶に留めていないことは、右言動のなかったことを必ずしも推認させるものではなく、しかして、‥‥C証言の信用性の判断を左右するものではない。」と判示している。しかしながら、集団の立入りを知って建物正面玄関から外に出たBは、右集団、特にその先頭部分に最大の関心をもって注意を払ったとみるのが常識に沿うと思われるところ、Cはまさに当該場所付近にいたというのであるから、たとえBが当時相当動転していたとしても、右Cの動きに気付かなかったというのは不自然であり、これらの諸点をあわせ考えると、C証言を全面的に措信することには躊躇の念を禁じ得ないというべきである。更に、C証言の内容を検討してみると、同人において、被告人ら集団がセンター建物内にはいるのを阻止しなければならないという意識を有していた事実はかなり明確であるものの、敷地内から退去させなければならないという自覚を持っていたか否かの点に関しては、多分に曖昧な面のあることを否定できず、一方、Cが証言する、被告人ら集団との間における一連のやりとりに関する供述については、その後B所長と被告人ら集団との間でなされた応酬と混同しているのではないか、との疑いを差しはさむ余地がある。以上を要するに、Cが被告人らの敷地内立入りを是認していたとさえ解釈し得る態度に出たとする所論はにわかに採用できないものの、同人が原判決認定のように、強く被告人ら集団の敷地外退去を求める言動に訴えたと認めることには疑問があり、その限度において原判決の認定判断には事実の誤認が存するというべきである。

(四) B及びAの対応状況等

所論はB及びAの両名がセンター建物の正面玄関から外に出て、被告人ら集団の先頭部分にいる被告人Xらと対峙した際、Bらにおいて、当初は同被告人らに対して出ていってほしい旨を申し向けていたものの、その後同被告人らから抗議文を交付するについての取次ぎ方を依頼されてのちは、Bもその態度を改め、右取次ぎを承諾しているのであるが、他方、退去要請の掲示文を掲げることについてAの提案に了解を与えたり、警察側に対して強制排除を要請するなど右取次ぎ承諾とは矛盾した行動に出ており、このような事態は、当時BとAの間での意思疎通が不十分であったこと、及び、強制排除を急ぐ警察側の働きかけによって生じたものと考えられ、換言すれば、被告人らの言動とは無関係に発生したものということができ、してみると、こうした特殊な背景事情を考慮せず、Bが、やむなく被告人らの要求を取次いだのちもなお、被告人ら集団の敷地内立入りを拒否するという意思には変化がなく、この意思を貫徹するため前示掲示文の掲出・強制排除の要請を行ったものであるかのように認定判示する原判決には事実誤認の非違がある、というのである。

この点に関し、原審で取調べられた関係証拠に照らして検討するのに、B所長が被告人らの要求する抗議文受渡しの取次ぎに応じた事実は明らかであるが、このことから、Bにおいて、被告人ら集団に対する退去要求の意思を放棄し、被告人らの敷地内滞留を是認するに至ったと評価するのは相当でなく、原認定のとおり、一刻を早く右滞留の状態を解消するべく、その方法を模索していたことに変わりはなかったと認めるのが相当である(なお、これらの過程で、警察側の働きかけがAやBの態度決定にいかなる影響を与えたか、証拠上必ずしも明らかではないが、次第に披露会の開会予定時刻が迫っていたうえ、抗議文の件で建物内から出てくる筈の三港建関係者がなかなか姿を見せず、警察関係者の拡声器を用いての呼びかけと機動隊員の盾の音、被告人Xの演説等が互いに競合し、更に、同被告人の指示で座り込んでいた集団の者らが、機動隊員の警備状況や抗議文の取扱いをめぐるセンター側職員の態度に強い不満を示す趣旨の発言を行い、かなり喧噪な状態となるなどの諸状況が重なり、全体的に焦燥感を誘発する雰囲気となりつつあった事実は否定できず、こうした事情が、爾後の事態の推移にかなりの影響を及ぼしたことは推認できる。)。もっとも、関係証拠に徴すると、そのころ、(内心の動機・心情はともかく)被告人らに抗議文交付の目的を実現できるよう手を貸してやろうとしていたB所長の場合と、そうした被告人らの目的ないしBの対応状況などを必ずしも適確に認識・理解していたとはいえないA館長の場合とでは、それぞれの状況認識に若干のずれがあり、被告人らに対する具体的な対応策についての考え方にも微妙な違いがあったのではないかと窺われ、前示掲示文の掲出ないし強制排除の要請等に関しても、B所長がどの程度積極的な考えをもっていたのか多少の疑問を残すところである。

してみると、所論指摘の点に関する原判決の認定判断には、BとAのそれぞれの状況認識及び状況判断の違いを、必ずしも厳密に個別的に把握せず、むしろ両者が相互に一致した姿勢で被告人ら集団の退去を要求する態度をとっていたかのごとく評価している点において、やや不正確のそしりを免れない部分が存するものの、大筋での認定に関しては基本的に当を得たものということができ、所論を全面的に採用することは困難である。

3 警察の動向と管理権者の意思等

所論は、本件被告人らがデモ行進を行っていた際には、執拗なまでに警告を繰り返すなどしていた、その警察官が、被告人らの福祉センター敷地内への立入り時点では、なぜか警告・制止等の行動に全く出ないまま放置し、しかも、建造物侵入事犯の証拠を保全するという観点からすれば、最も重要な立入り時点の写真撮影等もしておらず、こうした警察側の一連の動向に照らすと、警察側としても右立入り時点で建造物侵入罪の成立に疑いをもっていたのではないかと推測でき、この点に徴しても、本件福祉センターの管理権者が敷地内立入り拒否の意思を有していたとは認めがたく、右意思の存在を積極に肯認した原判決には事実の誤認がある、というのである。

よって検討するのに、本件に現れた証拠を通観しても、被告人らが本件福祉センター敷地内に立入ろうとした当時、然るべき方法で被告人らに建造物侵入事犯で検挙されるおそれがあると伝えるなどの警告を与えたり、あるいは、立入りを中止するよう呼びかけるなどの制止行為に出た捜査官がいなかったと窺われるほか、当日採証活動に従事していた鑑識関係の警察官によって、被告人らの立入り状況を写真撮影した事跡のないことも、所論指摘のとおりである。この点に関連して、当審で取調べた証人・J(本件当日写真撮影による証拠収集に従事していた大阪府警察本部所属の巡査部長)は、被告人らデモ隊は解散後間もなく突然走り出して福祉センター敷地へなだれこむように入ったため、写真撮影の機会がなかったと証言しているが、同人の証言中には、明らかに関係者の証言内容等と食い違っている部分があったり、被告人らによる立入り行為の「犯罪性」を必要以上に強制しようとする箇所が目立つなど、総じて信用性に乏しく、被告人らがなだれこむように敷地内に立入ったという前示証言もまたその他の証拠関係と大幅に齟齬しているというほかなく、これを措信することはできない。しかし、一方、原審証人・Hは、集団での立入りが困るというセンター側の意思ははっきりしていたので、被告人らがセンター建物正面出入口から同センター敷地内に立入った時点で建造物侵入罪が成立するとの判断を下していたものの、被告人らが同所でEらの制止を突破して敷地内に立入った状況等に関する目撃者が乏しかったため、立証上の問題を考慮して、立入り直後の検挙を差し控えた旨述べるとともに、立入り時点でのセンター側の制止行動がいささか弱気であったとの印象を抱いたかのごとき証言をしており、更に、関係証拠に照らすと、本件当日午前一一時三五分ごろ機動隊員を含む警察官らによって被告人らに対する強制排除が行われた数分前ごろ、おりから被告人ら集団の殆どの者が敷地内に座り込んでいた際、「いつまでも座り込んでいるのならば不退去罪などの犯罪になります。警察は強い取締を行います。」旨、拡声器による警察官の警告放送がなされた事実をも認めることができる。こうした一連の経緯をみると、本件の現場での警備活動の指揮にたずさわった警察官としては、本件の具体的な事態の流れに照らし、敷地内立入りの段階におけるセンター側管理権者らの立入り拒否の意思の外形的明確性に問題があるとの印象を抱いたのではないかと推認し得る余地があるが、このことから直ちに所論のように管理権者の立入り拒否意思の不存在を窺わせると解するのは、早計に失するというべきである。

三  被告人らの立入りの目的・態様等に関する所論について

所論は、原判決は、被告人らの本件立入り目的に関し、単に抗議文を交付することのみでなく、これを超え、披露会場である福祉センターにおいて、その人数と状況を誇示することによって、新空港建設に反対し、現地事務所開設に抗議する、被告人らの断乎とした強固な意思を表明する集団示威の目的をも多分に包含するものであった旨認定判示しているが、被告人らはあくまで本件披露会に出席する予定の運輸省及び大阪府の関係者に対し、予め準備した原判示の抗議文を交付するため本件立入り行為に出たものに過ぎず、立入り目的に関する原判決の認定判断には事実の誤認があり、また、原判決には、正面出入口付近の状況、被告人ら集団の人数・服装及び座り込みの様子等からみて、被告人らの本件立入りは、福祉センター職員らの職務の執行の平穏と、同センターの利用上の平穏とを妨げる態様のものであったと認定判示しているが、原判決の説示するところは、立入り時の状況と、立入り後警察側の不当な介入及びセンター側職員の不手際な対応によって惹起された事態とを混同する誤りをおかしており、もし本件立入り自体が平穏な態様で行われ、正面玄関付近で自発的に停止するなど混乱を引き起こさない方法でなされたという状況を適確に把握し、被告人らの責に帰し得ない事由で発生した後発的事態とそれとを正しく峻別して考察しているならば、被告人らの立入り行為そのものに起因して、平穏侵害など非難すべき状況を招来しなかったことが明らかとなった筈であり、立入り態様に関する原判決の認定判断にも事実の誤認がある旨主張するので、以下、これらの点について検討する。

1 被告人らの立入りの目的について

まず、関係証拠に照らして、被告人らの本件立入り前後の基本的な事実経過を概観するのに、原判示約六〇名の集団は、運輸省・大阪府の関係者に抗議文を手渡しに行きたいという被告人Xの呼びかけを契機として、福祉センター敷地内へ立入ったものであること、被告人ら集団の一部の者は、デモ行進解散後、ゼッケン・鉢巻をはずしたり、同行進の際に使用した旗をたたんで旗竿に巻き付けたりしていること、被告人らの一団は、その先頭部分がB所長らと対面する場所まで前進して自発的に停止するまでの間、スクラムを組むとかシュプレヒコールを行うなど集団示威行動にありがちな言動に出ていないこと、被告人ら集団の立入り後、最終的に警察官による強制排除が行われるまでの間における住民側の発言として、「泉州沖に空港をつくらせない住民連絡会として抗議文手渡したいのでやな是非あの読んで欲しいわけ。」、「代表だけでも中に入れたらいいや。」、「文書手渡すだけやないか。」、「文書手渡すだけだよ。」などの音声が現場で録取された録音テープに収録されていること、前示のように被告人Xが行った約一分四〇秒間の演説も、抗議文受渡しの取次ぎについてのB所長に対する要望の言葉で締めくくられていること、同被告人らがG課長に本件抗議文を手渡すに至ったころには、既に警察官による強制排除が開始されたため、抗議文交付後、被告人らにおいて新たに何らかの行動に出る思惑があったのかどうか明らかではないが、検察官による立証の範囲内では、抗議文交付後も引きつづき敷地内に滞留する意図であったと認め得る証拠上の根拠はないこと等諸般の情況を肯認することができ、これらの事情にかんがみると、被告人ら集団が本件敷地内に立入ったのちの一連の行動は、主として、集団の代表者において抗議文を交付し、他の者がこれを見届けるという目的に総括・集約し得るものであったと評価しても、あながち合理性に欠けるとはいいがたいと考えられる。

この点に関し、原判決は、① 被告人Xが前示演説を行い、集団員がこれに呼応して気勢を上げていること、② B所長、G課長の両名は、早急に被告人らに退去してもらって秩序を回復し、事態を収拾するため、やむなく(G課長の場合は、B所長の意向を酌んで)、被告人らの要求を取次ぎ、あるいは、抗議文を受領したものであること、③ 被告人らが直接行政事務を行う現地事務所や関係行政機関の庁舎ではない、披露会の開催される福祉センターに赴いていること、④ 被告人Xから「全体で」抗議文を手渡しに行きたいとの呼びかけがなされ、集団員がこれに呼応して取られた行動であること、⑤ 敷地内へ立入った人数・服装、⑥ (原審証人)Oの供述等を根拠として、抗議文交付の目的以外に、集団示威の目的をも多分に包含するものであった、と認定判示している。当裁判所も、これら原説示の諸事情及び証拠関係等を総合すると、原判決の認定・判断も一応首肯できることを否定しがたいと考えるが、そのすべてをそのまま支持することは困難である。すなわち、①の点についてみると、被告人Xの演説の前半部分では、「私達地元泉州住民はここにあらわれているように圧倒的な人が新空港建設に反対している。」等々、新空港の建設に反対し、現地事務所の開設に抗議する趣旨の発言が繰り返されているが、もともと被告人らの考えていた抗議文交付の取次ぎに予想以上の時間を要したことから、座り込んで待機している集団員らに事態の経過を知らせる意味も兼ねて、被告人Xの咄嗟の判断で右のような演説を行うに至ったものであり、被告人X自身、敷地内立入りの当初から、こうした演説をする意図をもっていたとは認めがたく、しかも、同演説は、前示のごとく早急に本件抗議文受渡しの取次ぎを実行するよう要求する言葉で締めくくられており、集団員が、同演説に呼応して「そーだ」などと気勢を上げているのも、右最終の部分に対応するものに限られているところからすれば、これらの事情をもって、被告人らが立入り当時から集団示威の目的を有していたと推認するのは必ずしも相当でない。また、②の点についてみると、前示のように、B所長、G課長の両名は、当時かなりの数の機動隊員らに護られる態勢下にあったものであるから、被告人らの勢威に圧倒されて、抗議文受渡しの取次ぎないしその受領を強要される状態にあったとまでは認めがたいばかりでなく、被告人らが集団示威の目的をもっていようと、単に抗議文交付の目的のみをもっていたにとどまろうと、B所長らが抗議文の受領ないしその取次ぎを渋ったであろうことには変わりなく、同人らは、披露会の開会予定時刻が迫っていることや抗議文を受け取りさえすれば退去してくれるであろうと見込んで、被告人Xらの要求に応じたものと窺い得る余地があり、したがって、原判決挙示の事情をもって、集団示威の目的を肯認する間接事実と評価することには疑問があるというべきである。次に、③の点についてみるのに、本件福祉センターは披露会の会場に過ぎなかったとはいえ、同会場には、泉州沖新空港の建設着工準備問題に関係する運輸省・大阪府等の責任者多数が出席する予定とされていたのであるから、これを抗議文交付の場に選んだこと自体一概に不自然・不合理とはいいがたく、この点もまた、集団示威の目的の有無を認定判断するのに特段重要な意味があるとは認められない。更に、④の点についてみると、被告人Xが用いた「全体で」という文言は、この種住民運動等を盛り上げ、連帯感を強める目的から、リーダー的立場にある者がしばしば使用する常套句の一つということができ、現に、デモ行進参加者のうち四割程度の者は同被告人の呼びかけに応じていないことに照らすと、「全体で」という呼びかけの発言をもって、集団示威の目的を積極に認定する根拠とする原判決の認定判断にも、にわかに賛同しがたい。進んで、⑤の点についてみると、単に抗議文を交付するためであれば、何故約六〇名もの人数が敷地内に立入る必要があったのか、確かに問題であるし、また、ゼッケンや鉢巻をはずした者がいるとしても、約三〇名が新空港建設に反対する旨の文言等の書かれたゼッケンを着け、これらよりやや少数の者が同様の鉢巻を占めたままで立入っているのは、集団示威の目的の存在を窺わせる有力な間接事実といえよう。しかしながら、新空港の建設に反対して、現地事務所の開設に抗議する趣旨の本件抗議文交付の意義・趣旨等を徹底させるという観点からすれば、ある程度多人数の者が、右抗議文の内容に沿う立場を明示して同行することにそれなりの効果があることは見易い道理であるから、抗議文交付の目的だけで本件立入り行為に出たとする被告人らの主張と右のような集団の人数・服装とが全く両立し得ないものとはいえない。最後に、⑥の点についてみると、原審証人・Oは、本件立入り行為の前日、予め三港建に対し電話で抗議文を持参するについての事前連絡をした、という証言に関連して、「抗議行動」なる言葉を用いており、原判決は右文言を集団示威の目的と結びつけて本件立入り目的認定の一資料としているものと解されるが、原判決は他方において、Oのいう事前連絡の内容につき抗議文を持参する場所・人数・態様等に関し具体的な事前連絡がなされたとは認めがたいとも判示しており、結局、同証人が用いた「抗議行動」なる言葉はデモ行進などを含む広義の意味で使用されていると理解するのが相当であり、同証言をもって集団示威の目的を推認する根拠とするのは早計である。

以上の検討によれば、被告人らの本件立入り行為の目的について、「集団示威の目的を多分に包含するものであった」とする原判断の結論及びその根拠の一部には、にわかに支持しがたい点もあるが、そもそも本件抗議文の交付自体、「新空港建設に反対し、現地事務所の開設に抗議する、断乎とした強固な意思を表明する」ための行動であるし、現実に約六〇名もの者が敷地内に立入っている以上、被告人らが明確に意識していたか否かはともかく、集団示威の目的ないしそれに準ずる目的が包含されていなかったとは断定できず、結局のところ本件立入り行為の目的を一義的に確定することは困難というほかない。

2 被告人らの立入り態様について

被告人ら約六〇名が帯状の集団となって、本件福祉センター正面出入口から同センター敷地内に立入り、正面玄関付近まで前進した経緯・状況の概要は、既に判示したとおりであるが、原判決は、被告人らの立入りによって前示E、F及びCらが自主管理体制の一環として実行すべく指示されていた任務の遂行を妨げられたり、あるいは、その遂行可能な状態が中断されたこと、更に、被告人ら集団の人数・服装及び座り込みの様子等からみて、一般利用者をして構内に立入るのを躊躇させる状態を現出させた旨認定するとともに、B所長らが被告人ら一団の立入り自体市民の迷惑になると判断したのも首肯できるとし、これらを総合すると、本件立入りがセンター職員らの職務執行の平穏と同センター利用上の平穏とを害する態様のものであったことが明白であると判示している。

ところで、所論も指摘しているように、被告人ら集団の先頭部分がB所長と対峙し、同人と被告人Xらとの間において抗議文受渡しの取次ぎの件で折衝がなされるに至ったころからの状況、特に機動隊員が被告人らの一団をコの字固めの態勢で取り囲む状態となってから次第に騒然となったり、集団員が座り込むようになった経過は、必ずしも当初から予想されていた成り行きではなく、したがって、これらの状況から直ちに平穏侵害の有無を判断することには慎重でなければならず、その意味からすると、原判決が前示座り込みの状況等を考慮にいれたうえ利用上の平穏侵害を積極に認定している点については参酌すべきでない間接事実を認定判断の資料に供した非違があるというべきである。

一方、関係証拠に徴して検討するのに、被告人らが本件敷地内に立入ってのち正面玄関付近まで前進する間においては、特に騒々しくなったり、一般利用者が現実にセンター内立入り、あるいは施設の利用を阻害されたりする状況が起こっていないこと、原判示のEらセンター職員が自主管理体制の一環をなす任務の遂行をある程度妨げられたのは確かであるが、先に説示したごとく、いずれの職員もそれぞれに与えられた任務についてどれほどまで明確な自覚をもって持ち場についていたのか疑問を差しはさむ余地がなくはなく、したがって、被告人らの勢威におされて任務の遂行をはばまれた点があるとしても、これを過大に評価するのは相当ではないこと等の諸事情をあわせ考えると、本件立入り行為それ自体が引き起こした平穏侵害はさほどのものではなかったと窺われ、してみると、全面的に平穏侵害の事実を否定する所論は採用できないものの、この点に関する原判決の認定判断をそのまま是認することも困難である。

四  まとめ

以上のような、本件当日福祉センターにおいて施行された自主管理体制の設置経過、その実施状況、被告人ら集団約六〇名が敷地内に立入った際の状況及びその立入り目的等各般の事情を総合考察すると、被告人らの主観及び認識内容はさておき、少なくとも一連の事実経過の客観的・外形的な側面に着目する限り、福祉センターの管理権者が被告人らの本件立入り行為を許容する意思を有していなかったと認められる旨判断した原判決の事実認定の過程・結論は、その証拠判断の細部で一部是認しがたいところがあるものの、大綱的には相当であって、所論指摘のような判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認の非違があるとは認められない(もっとも、センター側職員の対応状況、本件立入りの目的、平穏侵害の程度・態様などの諸点にみられる原認定の部分的な誤りが被告人らの建造物侵入の犯意に関する原判決の認定・判断の誤りの一要因となっていることは後に示すとおりである。)。

第三本件立入り行為の構成要件該当性及び違法性等に関する所論について

所論は、被告人らの本件立入り行為は、福祉センターの性格、使用目的、管理状況、本件立入りの態様・目的等の諸点に徴し、いまだ刑法一三〇条前段の構成要件に該当するとはいえないのにかかわらず、原判決には、これら構成要件該当性の判断の前提となる情況事実の評価を誤り、右該当性を積極に認めた点において、法令の解釈・適用を誤った違法があり、更に、本件立入り行為の目的の正当性、立入り態様の平穏性等の諸事情のほか、本件抗議文の交付は請願権の行使に相当すること、警察の異常な介入によって混乱を生じさせた経緯のあること等にかんがみると、仮に構成要件該当性が認められるとしても、実質的、可罰的な違法性を欠くのにかかわらず、これら違法性の存在を認めた原判決には、前同様法令の解釈・適用の誤りをおかした違法があって、いずれにせよ破棄を免れないというのである。

しかしながら、被告人らの本件立入り行為当時の主観及び認識内容をしばらくおいて、一連の事態の推移を客観的・外形的に観察評価する限り、被告人らの本件所為が福祉センター管理権者の意思に反する刑法一三〇条前段所定の建造物侵入罪に該当すること、更に、本件立入り行為の動機・目的等所論指摘の事情を考慮に容れても、被告人らの所為は客観的にみて社会通念上許容される範囲を逸脱しているとの評価を免れないことは、いずれも明らかであって、これらの点において、原判決に所論法令の解釈・適用を誤った違法はなく、所論は採用できない。

なお、被告人らの本件所為が、客観的・外形的な側面において、正当な請願権の行使といいがたいことについては、原判決説示のとおりであって、この点についての所論も採用できない。

第四被告人らの建造物侵入の犯意に関する所論について

所論は、被告人らは、事前にOを通じて三港建職員に連絡し、その了解を得たうえ、抗議文を交付するため、広く一般市民に開放されている本件福祉センターに平穏な方法で、しかも何らの制止を受けることなく立入ったものであって、こうした立入り行為が同センター管理権者の意思に反するなどとは全く認識していなかったのにかかわらず、被告人らの建造物侵入の犯意を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があり、破棄を免れない、というのである。

そこで、原審及び当審で取調べられた関係証拠に徴して検討するのに、被告人らは、もともと本件当日福祉センターで開催される現地事務所開設披露会に出席する運輸省・大阪府の各関係者に対して、新空港の建設に反対し、現地事務所の開設に抗議する趣旨を明らかにした抗議文を交付することを主な目的として(なお、右立入り目的を一義的に確定しがたいことは先に説示したとおりであるが、抗議文の交付が主要な目的であったことはほぼ疑いない。)、本件立入り行為に出たものであること、したがって、被告人らの当時の意識としては、比較的短時間のうちに抗議文交付の目的を遂げ、センターを立ち去る考えをもっていたと窺われ、本件当日B所長が示したような態度は当初の予測と異なるものであったと思われること、なお、被告人Xの原審公判廷供述及びOの原審証言によれば、Oは本件の前日、被告人Xの依頼に基づき三港建のK(関西国際空港計画室長)に電話をかけ、本件当日抗議文を持参する旨事前の連絡を行ったというのであるが、持参の場所、同行者の人数等の詳細にわたる連絡をしたわけではなく、ごく抽象的な予告をしたのに過ぎなかったと窺われるものの、たとえ具体性に乏しい連絡であったとしても、被告人らにおいて、唐突に持参する場合と違い抗議文を手交するのに必要な行為に関しては、それなりに寛大・便宜な対応が得られるものと期待していたと認められること(右事前連絡に関しては、原判決もその存在自体否定していない。)、本件立入り行為には、デモ行進の参加者中約六〇名がこれに関与しているが、前示のように、シュプレヒコールを挙げるとかスクラムを組むなど集団的を示威行動に付随する言動には出ることなく、比較的静粛な態様でセンター正面出入口に向かい、それまでのデモ行進に随行して警備に当たっていたかなりの人数にのぼる警察官がいまだ被告人らの動向を警戒している中で、いわば公然と、一般利用者が出入りする際に使用する同出入口からセンター内に立入っており、警察官による検挙等を危惧する様子などが全くみられないこと、右立入り後集団の先頭部分がB所長らと対面する場所に到着するまでの間、センター側職員らによる明示的な制止行為ないし敷地内からの退去要求を全く受けていないこと(この点についての詳細は、前示第二の二、2の部分で説示したとおりである。)、前示のとおり、本件立入り当時相当数の警察官がこれを現認していたと窺われるところ、同警察官らは、被告人らに対して特段その立入りを制止したり、警告を与えるなどの態度に出ておらず、立入り状況の写真撮影など証拠保全の措置も講じていないこと等諸般の状況を総合すると、被告人らは少なくとも抗議文交付に必要な限度でセンター敷地内に立入ることについてはセンター側管理権者が積極的にこれを拒絶する意思を有しているとまでは認識しておらず、むしろ、スクラムを組んだりシュプレヒコールを挙げるなど明らかに平穏を害するような手段に訴えることなく、相手方責任者・職員らに心理的な圧迫を加えない程度の方法にとどめるのであれば、前示目的の範囲内で立入ることを事実上黙認してもらえると期待し、現に敷地内立入りの前後にセンター側職員から制止を受けるなど管理権者の拒絶意思を窺わせる対応に直面しなかったため、右期待どおり抗議文交付の意図を実現できるとの見通しを強め、なお、多人数で立入った点に関してはセンター側の意向に沿わないであろうと考えながらも、一定の節度をまもり集団的な示威と受けとられないよう配慮すれば管理権者側の黙認の範囲をこえないものと判断していたと推認することができ、被告人Xらが正面玄関前でB所長らと対面するまでの一団の客観的言動をみても右推認と抵触するものとは思われず、してみると、本件立入り当時、被告人らが管理権者の意思に反してセンター敷地内に立入るとの認識を有していたと断定するのは困難であり、本件建造物侵入の犯意に関する原判決の認定判断には、合理的な疑いを差しはさむ余地があるといわなければならない。

これに対して、原判決は、被告人らにおいて、福祉センター正面出入口付近の概況、同センターの設置目的・使用状況の大要等を認識していたと認められる以上、同センター敷地内に原判示の目的・態様で立入ることが管理権者の許容しないものであることをたやすく判断し得ると認められる旨判示しているが、右の原判断は、その前提となる事実、すなわち、本件当時のセンター側職員らの対応状況(特に、Cの対応状況)、被告人らの立入り目的、その立入りがもたらした平穏侵害の程度などの認定で誤りをおかしているうえ、その他前示のごとき本件にみられる特殊な個別的事情についての配慮に不十分な点があることを否定できず、にわかに同調しがたいというべきである。

以上のようにみてくると、被告人らが本件当時福祉センター管理権者の意思に反して同センター敷地内に立入るという認識、すなわち建造物侵入の犯意を有していたと認めるについては、なお合理的な疑問が残り、結局のところ、被告人らの建造物侵入の犯意を肯認した原判決は、この点において事実を誤認し、無罪を言渡すべきであるのに有罪とした違法をおかしたものというべきであり、破棄を免れない。論旨は、この点で理由がある。

(結び)

よって、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して、更に判決することとする。

本件公訴事実の要旨は、「被告人ら三名は、昭和五八年四月二一日大阪府貝塚市内で実施された『泉州沖に空港を作らせない住民連絡会』主催の集団示威行進に参加したものであるが、右行進参加者約一〇〇名と共謀のうえ、同日午前一一時一五分ごろ、同市畠中一丁目一〇番一号所在の同市長甲野一郎が看守する貝塚市民福祉センターにおいて、同所で開催される関西国際空港計画室着工準備第二課事務所開所披露会の出席者に抗議する目的で、右貝塚市民福祉センターの警備に従事していた同市職員の制止を押し切り、右貝塚市民福祉センター正面出入口から同所構内に侵入し、もって、故なく人の看守する建造物に侵入したものである。」というのであるが、先に説示したごとく、被告人ら三名の建造物侵入の犯意を認めるに足りる証拠が不十分であるから、刑訴法三三六条にしたがい、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田登良夫 裁判官 角谷三千夫 裁判官白川清吉は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 石田登良夫)

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